大阪高等裁判所 平成5年(ネ)3181号 判決 1994年12月21日
控訴人(原告) 花田政男
右訴訟代理人弁護士 佐々木信行
被控訴人(被告) 信用組合大阪商銀
右代表者代表理事 山喜勉
被控訴人(被告) 山喜勉
右両名訴訟代理人弁護士 曽我乙彦
同 中澤洋央兒
同 安元義博
主文
一、本件控訴を棄却する。
二、1. 被控訴人信用組合大阪商銀は、控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する平成六年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2. 控訴人の当審における予備的請求中、被控訴人信用組合大阪商銀に対するその余の請求及び被控訴人山喜勉に対する請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人信用組合大阪商銀との間においては、控訴人に生じた費用の二〇分の一を同被控訴人の負担としその余は各自の負担とし、控訴人と被控訴人山喜勉との間においては、全部控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、控訴人
1. 原判決を取り消す。
2. 主位的請求
(一) 被控訴人らは、控訴人に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する被控訴人信用組合大阪商銀は平成四年八月二八日から、被控訴人山喜勉は同月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被控訴人山喜勉は、控訴人に対し、株式会社毎日新聞社の発行する「毎日新聞」大阪府内版朝刊及び夕刊に、原判決添付別紙(一)記載のとおりの謝罪文を本判決確定の日から一五日以内に、原判決添付別紙(二)記載のとおりの条件で掲載せよ。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
3. 予備的請求(当審における新たな請求)
被控訴人らは、控訴人に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する被控訴人信用組合大阪商銀は平成四年八月二八日から、被控訴人山喜勉は同月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二、被控訴人ら
1. 控訴人の本件控訴及び当審における予備的請求をいずれも棄却する。
2. 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二、当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一、当審において追加された控訴人の予備的請求原因
1. 被控訴人組合は、主位的請求の請求原因1、2の(一)ないし(三)記載のとおり昭和六三年五月一七日、控訴人に対し、溝上の被控訴人組合に対する債務金七九七六万二四三八円を完済したときは、別紙物件目録記載の不動産(本件物件)につきなされている別紙登記目録記載の根抵当権設定登記(以下「本件登記」という)の抹消登記手続をする旨約した。
2. 控訴人は、約定どおり平成三年一一月末日までに右債務金を完済した。
3. しかるに、被控訴人組合は、その後控訴人からの再三の要求にもかかわらず、本件登記の抹消登記手続をすることを拒否し続けた。
4. 被控訴人組合が右抹消登記手続をすることを拒否し続けたのは、被控訴人組合理事長である被控訴人山喜勉の指示によるものである。
5. 控訴人は、前記債務金完済後直ちに約定どおり本件登記の抹消登記手続がなされることを期待し、これを予定して、訴外柴橋秀彦(以下「柴橋」という)から本件物件を担保として五〇〇〇万円の追加融資を受けることを計画し、同人の了解も得ていたところ、予期に反して被控訴人組合が本件登記の抹消登記手続をすることを拒否したため、控訴人の右期待は裏切られ、右資金計画も頓挫をきたし、控訴人は、本件登記の抹消登記手続がいつなされるのかとの憂慮、煩悶により、多大の精神的苦痛を受けるとともに、長年受けていた融資者柴橋の信頼も失う結果となり、これにより精神的苦痛を受けた。その損害は四〇〇万円を下らない。
6. 控訴人は、被控訴人組合が本件登記の抹消登記手続をすることを拒否し続けたため、やむを得ず平成四年六月一八日、弁護士平山芳明及び同平山忠に委任して、被控訴人組合に対し、本件登記の抹消登記手続請求訴訟を提起した。控訴人は、右訴訟提起のために、弁護士費用として一〇〇万円の出費を、余儀なくされ、同額の損害を被った。
7. よって、控訴人は、被控訴人らに対し、右精神的損害金四〇〇万円と財産的損害金一〇〇万円の合計金五〇〇万円及びこれに対する被控訴人組合は平成四年八月二八日から、被控訴人山喜勉は同月二九日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、右予備的請求原因に対する認否、反論
1. 予備的請求原因1ないし3の事実は認める。
2. 同4の事実は否認する。
3. 同5の事実のうち、控訴人が精神的苦痛を受け、損害を被ったことは否認し、その余は知らない。
4. 同6の事実のうち、控訴人が訴訟提起のために弁護士費用として一〇〇万円の出費を余儀なくされ、損害を被ったことは不知、その余は認める。
5. 右予備的請求原因と控訴人が原審において主張した請求原因とは、その請求の基礎に同一性が認められないから、控訴人の右予備的請求は失当である。
第三、証拠<省略>
理由
一、当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1. 原判決の補正
(一) 原判決一一頁初行の「第六」の次に「、第一一」を、同一三頁五行目の「そのときまで」の次に「に被控訴人組合に出入りしたことはあるが、」をそれぞれ加える。
(二) 同一四頁四行目の「述べ、」の次に「控訴人においてその利息のうち幾らかでも支払って欲しいという趣旨で、」を加え、同八行目の「いいながら」を「言ったり、被控訴人組合の前で同組合を非難するビラを撒くと言ったりして」と、同一五頁六行目の「六、七月ころ」を「六月一八日」とそれぞれ改める。
(三) 同一六頁五行目の「示して」の次に「その支払について」を、同行の「原告の代理人」の次に「のごとく行動し」をそれぞれ加え、同一七頁六行目の「六、七月」を「六月一八日」と改め、同一九頁九行目の「(ちなみに、」から同二〇頁二行目末尾までを削除する。
2. 当審において追加された控訴人の予備的請求について
(一) 被控訴人らは、予備的請求原因と従前の請求原因とはその請求の基礎に同一性が認められないから、控訴人の予備的請求は許されない旨主張するので、まずこの点について検討する。
右予備的請求は、前記のとおり、被控訴人組合が控訴人に対し、溝上の被控訴人組合に対する債務を完済したときは、控訴人が右債務の担保として自己所有の本件物件に設定していた根抵当権の設定登記(本件登記)を抹消する旨の約定を締結しながら、控訴人が約定どおり同債務を完済したのに、被控訴人組合が右約定に反して本件登記の抹消登記手続をすることを拒否したため、これによって控訴人が被った精神的及び財産的損害の賠償を求めるというものである。
他方、主位的請求は、被控訴人組合の守秘義務に反して、その代表理事である被控訴人山喜が控訴人の被控訴人組合との取引状況、特にその利息債務に関する情報を第三者に漏らし、これによって控訴人が精神的苦痛を受け、信用を毀損されたとしてその損害の賠償等を求めたものであるが、同請求にかかる紛争は、被控訴人組合が、溝上の前記債務が完済されれば、その利息損害金を請求しない旨約しながら、控訴人が右債務を完済したのに、同約定に反して更に右利息の請求をし、かつ前記約定に反して右利息の支払があるまで本件登記の抹消登記手続に応じなかったことに端を発して、生じたものであるから、両請求の基礎は社会的には同一とみることができるものである。なお、前記約定の存在及び控訴人の前記債務の弁済事実は、主位的請求の請求原因事実として主張されていたところであることは手続上明らかであって、予備的請求が本件の訴訟手続を遅滞せしめることはない。
よって、予備的請求は適法であり、被控訴人らの前記主張は採用できない。
(二)(1) 予備的請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
(2) 証人柴橋秀彦の証言及び控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は、前記債務を完済すれば、被控訴人組合によって直ちに約定どおり本件登記の抹消登記手続をしてくれるものと期待し、これを予定して柴橋から本件物件を担保として五〇〇〇万円の追加融資を受けることを計画し、同人の了解も得ていたこと、ところが、右債務を完済したのに、被控訴人組合が右約定に違反して本件登記の抹消登記手続をすることを拒否したため、控訴人の右期待は裏切られ、右資金計画も頓挫をきたし、柴橋の控訴人に対するそれまでの信頼も一部損なわれたことが認められる。
控訴人は、右資金計画が頓挫し、柴橋の信頼も失われたことにより精神的苦痛を受けた旨主張するが、控訴人の右資金計画が頓挫し、柴橋の信頼が一部損なわれたことは、本件登記の抹消登記手続がなされなかったという債務不履行による特別損害というべきところ、被控訴人組合がその事情を予見し又は予見することができたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、控訴人は、これによる損害の賠償を請求することはできないというべきである。
しかし、前記認定事実からすれば、控訴人が被控訴人組合の前記債務不履行によって、控訴人の被控訴人組合に対する前記期待が裏切られ、控訴人が本件登記の抹消登記手続がいつなされるのかとの憂慮、煩悶により、精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推認しうるところであり、この損害は右債務不履行による通常損害というべく、被控訴人組合はその損害を賠償すべき責任があるというべきである。その損害の額は、本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、四〇万円が相当である。
(3) 被控訴人組合が本件登記の抹消登記手続をすることを拒否し続けたため、控訴人がやむを得ず、平成四年六月一八日、弁護士平山芳彦及び同平山忠に委任し、本件登記の抹消登記手続をすることを求める訴訟を提起したことは、当事者間に争いがない。
弁論の全趣旨によれば、控訴人は、右訴訟提起のために弁護士費用として一〇〇万円の出費をし、同額の損害を被ったことが認められるが、同訴訟の事案の内容等諸般の事情を考慮すると、被控訴人組合の前記債務不履行と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、一〇万円と認めるのが相当である。
(4) 控訴人は、被控訴人組合が本件登記の抹消登記手続をすることを拒否し続けたのは、被控訴人組合の理事長である被控訴人山喜の指示によるものである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。従って、被控訴人山喜は、右各損害の賠償をすべき責任はないといわざるを得ない。
(5) 右によれば、被控訴人組合は、控訴人に対し、右損害金合計五〇万円及びこれに対する予備的請求の書面が被控訴人組合に送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成六年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。
二、以上によれば、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審において追加された控訴人の予備的請求は、被控訴人組合に対し、五〇万円及びこれに対する平成六年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、被控訴人組合に対するその余の請求及び被控訴人山喜に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山中紀行 裁判官 武田多喜子 横山敏夫)
<以下省略>